作業療法の世界④―ニットプログラムはなぜ“整う時間”になるのか―
- 木村奈緒子

- 4月13日
- 読了時間: 5分
こんにちは。作業療法士の木村です。
前回は、日々の生活の中で「作業バランス」が崩れると、不調につながっていく可能性があることをお話ししました。
では、その崩れたバランスは、どのように整えていけばよいのでしょうか。
今回は、そのバランスをどのように整えていくのか、そして株式会社Hyper-collaborationと一緒に取り組んでいるニットプログラムが、なぜその一助となるのかについてお話ししていきたいと思います。
この取り組みは、単なる個人のリフレッシュではなく、企業の中で人が持続的に働き続けるための基盤として位置づけています。
あたま、からだ、こころ
作業療法士が治療で使う「作業」について、少し説明していきます。
作業療法士は、その人にとって大切な作業ができるように介入を行います。しかし、大切な作業ばかりが治療対象になるわけではありません。
作業は、物品を媒介に自分の体を使って行われます。
例えば、朝起きてパジャマから洋服に着替えるときには、手や体を使って洋服を操作することが「着替えをする」という作業になります。
ですからまずは、洋服を着替えられるような体の動きが確保されていること(からだ)、どこが頭でどこが袖なのかを判別できること(あたま)、着替えをしなきゃいけないなと思うこと(こころ)の3つがそろう必要があります。人によっては、(からだ)がうまく動かない、(あたま)が働かない、(こころ)が動かない。
どこかに、もしくはすべてに問題が生じて、着替えができなくなります。
このような場合、直接着替えを練習するだけではなく、(からだ)をうまく動かす別の作業、(あたま)を働かせる別の作業、(こころ)を動かす別の作業を用いることがあります。
人は作業をするとき、体の使い方、物事の進め方、気持ちの動き方に、それぞれの特徴があります。
それは仕事であれ、趣味であれ、共通して現れるものだと考えています。
ですからニットプログラムを行っていると、普段の仕事の一部がそこに現れてくるのです。
作業は自分の状態を映す鏡
精神科病院での出来事です。
うつ病で入院していた患者さんがいました。
彼は働き盛りで、専業主婦の奥様と幼稚園のお子さんがいらっしゃいました。
入院当初はほぼ寝たきりでしたが、次第に起き上がり、作業療法室に来ることができるようになりました。体力が低下し、疲れやすい状態でしたが、「昔好きだったプラモデルならやれそう」とのことで、作業療法として導入しました。
最初は箱を眺めて部品を見るだけでしたが、次第にパーツを組み合わせるようになり、やがて離床時間も増えていきました。
そして活動時間が延びるにつれて、彼の作業の取り組み方の特徴が見えてきたのです。
彼は、「とにかく完璧に作り上げたい」。
そう思うと手が抜けず、ぐったりするまで作業を続けてしまう方でした。
作業療法では、「何をやるか」だけではなく、「その作業の中で何が起きているのか」を大切に見ていきます。
作業の中で自分は
どのくらい集中し続けるのか
どのタイミングで疲れるのか
どのように手を止めるのか
といった特徴が自然と表出します。
そして興味深いことに、その様子は普段の仕事の進め方と重なる部分があるのです。
つまり、プラモデルは単なる「気分転換」ではなく、自分の働き方や状態を映し出す“鏡”のような役割を持っているのです。
作業療法とニットプログラム
今回、株式会社Hyper-collaborationと一緒に取り組んでいるニットプログラムでは、このような作業療法の考え方をもとに、企業内でプログラムを展開しています。
このプログラムで提供したいのは、主に次の3つです。
一つ目は、仕事から一度距離を取る時間が生まれることです。
普段、頭の中は仕事でいっぱいになりがちです。その状態のままでは、いくら休もうとしても、本当の意味で休むことはできません。ニットのように手を動かす作業に没頭することで、自然と仕事から意識が離れ、回復の前提となる「オフの状態」が生まれていきます。
二つ目は、自分の状態が“見える”ようになることです。
プログラムの中では、その日の気分や状態を言葉や図で表現する時間を設けています。継続して参加することで、「前回との違いが分かる」ようになってきます。
人は意外と、自分の状態を正確に捉えることが苦手です。
しかし、作業を通して体の感覚や気持ちの変化に触れ、それを言葉にすることで、自己理解が少しずつ深まっていきます。
三つ目は、消耗が深くなる前に立て直せるようになることです。
テスト段階の参加者からは、「いつもなら力尽きるところでも、もうひと頑張りできる」という感想がありました。これは、無理をして頑張っているのではありません。
作業の中で、自分がどのくらい疲れているのかに気づき、自然とペースを調整できている状態です。
人は普段、自分の状態に気づかないまま頑張り続けてしまい、限界までいってからようやく止まります。
しかし、ニットのような作業を通して自分の状態を感じ取れるようになると、崩れ切る前に、自分で整え始めることができるようになります。
「整える」ということは、何かをやめることでも、減らすことでもありません。
自分の状態に気づき、どのように時間やエネルギーを使っていくかを見直していくことです。
そのためのきっかけとして、ニットのような作業は、とても有効な手段になり得ます。
終わりに
仕事・遊び・休息。
あなたの生活の中で、そのバランスはどのようになっていますか。
そして、それを整えるための「時間」は、持てているでしょうか。
企業の中でもこのような時間を持つことは、その人らしく働き続けることにつながっていくのではないかと考えています。
あなたの人生が、自分らしいバランスの中で、大切な作業を続けていけるものであるように。
作業療法士は、その歩みをそっと支えていきたいと考えています。

